質問編
質問は実家から離れて暮らす40才の主婦からです。母親が心臓を患っていました。そのため、心臓の手術を受けたのですが、手術中に亡くなってしまいました。手術前に病院から説明を受けた父親によると「手術のリスク」は少ないということだったのですが、その後、病院側から死亡の原因についてのはっきりとした説明がなかったようです。医療事故があったと思うのですが、どうしたらよいのかわかりません。
回答編
(医療事故とは)
医療事故とは医療の現場で起こったトラブルの総称です。具体的には医師、看護師、薬剤師などの医療従事者が関わった「診断」「治療行為」「投薬」などで起こったさまざまな事故のことを指します。患者の立場でいうと、医療行為で生じた、死亡、生命の危険、病状の悪化、後遺症などの身体的被害や精神的な苦痛が生じた場合と考えて良いでしょう。
(医療事故の発生件数)
医療事故の件数についての正確な統計はありません。訴訟件数でいうと全国で年間700件程度です。ただそれ以外に示談交渉や調停などで解決している例や、未解決のままで終わってしまう例などを含めるとかなりの数になるといわれています。私の事務所にも毎月数件の相談の連絡が来ています。
(相談事例のポイント)
この相談でのポイントは、医療行為に過失が認められるかどうかです。例えば患者さんが医療行為に関連して亡くなったとしても、それだけで医療機関に責任を問うことはできません。実際に起こった事案ごとに、医療側にはどのような注意義務があるかどうかを検討していかなければなりません。
この事例だとポイントとしては、①手術前の事前検査は適切だったか?例えば、手術を選択することが無理だったといえないか。②手術手技にミスは亡かったのか?③様態が悪化した後の救命措置が迅速・適切だったといえるのか?などがポイントになると思います。
ただ、医療行為をどのようにすべきかは、法律で定められているわけではありません。そこが交通事故のようにきめ細かく法規が定められているような事故との大きな違いです。相談の例でも、死に至った経過を丹念に検証していく必要があります。そのための情報としては不足しています。お父さんから当時の状況をもう一度弁護士が聞き、必要なら医療機関からカルテなどの医療情報を入手し、その上で、医療機関側に責任が問えるかということを検討する必要があります。
(検討に必要な資料)
まず患者さんの病状に関するデータや医療行為(投薬や手術)の記録です。これらの情報は医療機関から手に入れる必要があります。複数の医療機関にかかっていた場合は、その全てです。いわゆるカルテなどの医療情報の開示は、多くの医療機関が応じてくれるようになっています。入手は可能だと思いますが、ただ、できれば、事前に弁護士に相談いただきたいと思います。例えば、病院側によってカルテが改ざんされる恐れがあるとか、カルテ保存期間の5年を過ぎようとしている場合等によっては、証拠保全という法的な手続きが必要となることがあるからです。証拠保全というのは、患者側が裁判所に対して、訴訟にする前に、カルテの検証を求めるという手続きです。
(通常事件との違い)
通常の事件と異なって、証拠となるほとんどのものは医療機関側にありますので大変です。また、医療事故として責任を問えるかどうかに関しての判断には医療事故に患者側で取り組んでいる弁護士による調査・検討のほか、場合によっては協力してくれる医師による意見書などが必要になることもあります。そして、医療訴訟となると、さらに時間がかかりますね。訴訟に要する平均審理期間は約2年間で、通常事件の4倍です。したがって、医療事故に当たるかどうかの検討だけで、通常事件に比べてどうしても時間や費用もかかることになりますね。
(示談解決)
患者側が集めたカルテなどから的確な主張をして、医療事故による賠償を求めた場合、医療機関や医療機関が加入している保険会社が患者側の主張を認める場合もあります。その場合は医療側と賠償金を含む示談という形で解決する場合があります。賠償額についてだけ争いのあるような場合には、札幌弁護士会で行っている医療ADRと呼ばれる示談斡旋手続を利用することができます。昨年の実績ですが5件程度申立があったようです。
(患者側で心がけるべきこと)
医療側から受けた病状の説明や治療方針の説明の記録、手術の前に必ず行われる患者と親族への説明、特に手術によるリスクについての記録などを大切に保管され、自分でメモしておかれるとよろしいと思います。ただし、救命救急など処置が一刻を争う場合は除きます。そうですね。特にお年寄りや、お子さんなどの場合は、自分では記録できませんから、付き添って行かれる方がきちんと記録をとっておくことが必要です。
(最後に)
最近は医療側もいわゆる「ヒヤリ・ハット」事例やその改善法を公表したりなど、情報を提供する機会が増えています。
そのような医療機関はむしろ信頼に値するという考え方もできます。なぜなら、ミスに向き合い、改善する方法を検討しているからです。イギリス・フランス・オランダ・ドイツなどを視察した経験からいうと、医療は、人が行っているものである以上、ミスは避けられないものであるから、事故が起きうるものという前提で、事故に向き合い、その原因を探求し、再発を防ぐということが大切だと思います。医療側も過度に医療機関に不信感を抱いたり、中傷や脅しをかけるなどの行為は厳に慎むべきだと思います。
医療側は患者への説明責任をしっかりと果たし、また患者側も説明を理解する努力が必要で、患者と医師が病態について、共通の認識をしておくことが大切だと思います。
医療事故は、けして他人事ではありません。私の事務所に相談に来る方も、事故に遭うまでは自分には関係ないことと思っていたという方が殆どだからです。
また、ずっと胸にしまってきたが、非常に昔の事故のことがあきらめられないとして、相談をされるか方も沢山いらっしゃいます。医療事故ではないかと思ったら、情報や記録や記憶がなくならないうちにお近くの弁護士会や弁護士に相談していただきたいと思います。